宮沢賢治の評伝を読んでいたら「生涯童貞だった」という一文が目についた。
ちょうどその前に『ルポ中年童貞』を読んで、童貞をこじらす危険性に震えていた後だったので、なんだか気になって調べてみたら『童貞としての宮沢賢治』という本が見つかった。
大学教授の押野武志さんという方が、童貞と創作について、かなりマジメに書いているようだ。
確かに自分自身を振り返ってみても、童貞期が一番創作意欲も想像力もあった気がする。クリエイティブだったと言ってもいいかもしれない。
いまみたいに「こんなものか」と世界を達観して見るのではなく、どうなっているのだろう、なんだろう、と、まるで真っ暗なトンネルの四方に懐中電灯で光を当てて慎重に進んでいるような、ドキドキワクワクしながら生きていた。
あの感じをキープするには、確かに童貞のままでいるしかない。
それを意図し保ち続けたのが賢治だったのだ。
性欲の乱費は君自殺だよ。良い仕事はできないよ
と語り、ニュートンに倣って、生涯1滴の精液もこぼさなかったという。
性欲を抑えるために一晩中農場を歩く
なぜ賢治は、生涯童貞だったのか。本書ではその理由を2つあげる。
1、17歳の入院時にはすでに結核の初期状態だったので親しくするとうつってしまうから
2、性欲を乱費すると、いい仕事はできないと思っていた(禁欲)
1は仕方のない、納得できる理由だが、2はどうだろう。
頭でそう思っていても、普通の人間であれば、なかなか難しいと思う。実際に難しかったようで、それに関する逸話が2つほど残されている。
・ある朝、旅装をした賢治に会った。顔が紅潮して溌剌としていた。聞くと牧場に行ってきたという。昨日の夕方出かけて、一晩中歩いて今朝帰ってきたそうだ。その時に賢治は「性欲の苦しみは並大抵ではありません」と言って立ち去ったという。
・トランクいっぱいに童話を書いた原稿をもって東京から岩手に帰った時に驚く弟に「童子(わらし)こさえる代わりに書いたのだもや」と語った。性欲を制作のエネルギーとしていたのだ。
農場を夜中に歩き回るほど性欲に苦しんでいたのだ。だが、それを創作に変えていた。溜まった精液で子どもの代わりに童話を書く。凄い人である。
章タイトルだけで伝わるマジメな内容
それにしても、この本は面白かった。
試しに章のタイトルだけ書き出してみると
・童貞がなぜ問題にされるのか
・文学者たちはいかに性欲と戦ったのか
・賢治は童貞者たらんと欲したのか
・賢治の恋愛観の基底には何があるのか
・テロリストはオナニストか
・賢治は私たちを癒してくれるのだろうか
・無償の行為とは何か
もう面白そうな内容だと伝わると思う。それでいて作品の中身にまで踏み込む深い本でもある。
著者はこのタイトルのことを妻に伝えたら「私の親戚も読むのよ」と反対された、と「あとがき」に書いているが、それでもこのタイトルしか無かったと思う。
もはや色々な角度から光があてられまくった賢治に、「童貞」という切り口で実像を浮かび上がらせたこの本は、もっともっと多くの人に読まれるべき、意欲作だと思う。
これは、おすすめです。
こっちはこっちで凄かった。。気合入れて読んでもらえれば。