きなこなん式

TBSラジオ「空気階段の踊り場」が サイコゥ過ぎるからぜひ聞いてほしい

2021年キングオブコントで優勝した、空気階段。彼らのネタを見て興味を持った人にぜひ聞いて欲しいものがある。それは彼らが2017年から4年以上続けているTBSラジオ「空気階段の踊り場」だ。

色々な芸人ラジオを聞いているが、特にこの半年ぐらいは他と比較しても群を抜いて面白いと思う。そして、この番組の素晴らしい点は、ラジオクラウドというアプリで初回から聞くことで、一組の若手芸人がキングオブコント優勝という頂点に立つまでの軌跡をたっぷり味わえる、極上の成長物語になっている点にある。

仕事が無くて、お互いバイトの話ばかりして、月の収入が6万円でおちこむ水川かたまり。一方のもぐらの借金は金額を聞くたびに増え続ける。そんな中で「俺たちの仕事は芸人だろ。一発逆転があるだろ」といったかたまりの言葉は、いまとなっては胸が震えるほどかっこいい。

そこで今回は、これまで「空気階段の踊り場」を聞いてなかった人、聞いてみたいけど迷っている人向けに、踊り場を楽しむためのポイントを3つ紹介したいと思う。

もぐらとかたまりは「どちらがヤバいのか?」という視点で聞いてみる

借金があり、ギャンブル、風俗が好きなクズ芸人の鈴木もぐら、慶應大学出身のまともな家庭に育った芸人、水川かたまり。

番組スタート当初、優劣をつければ、優秀な方がかたまりであり、劣っている方がもぐらだった。

最初の頃のラジオの名物コーナーは「サラリーマンじゃない人の声」と題して、街にいる求職中の方に直撃するコーナーだった(#27の「生駒の奇跡」がすごい)。

基本的なスタンスとしては、求職中のダメの人を「いや~深い!」という言葉で擁護するもぐらに対して「この人ダメだよ」と普通の人として非難するかたまりという分かりやすい構図がそこにはあった。

だが、それがひっくり返る瞬間が来る。それが#29「マザコン発覚」の回だった。

それまで、もぐらを「うるさいデブ」「借金あるくせに」と言っていたかたまりだが、この日の放送でマザコン疑惑が浮上、その後の放送で再度マザコンじゃないか、と問い詰められると、「おかあさんも僕もマザコンじゃないと言っているから僕はマザコンじゃない!」という、マザコン確定ともいえるセリフをいう。

ここで善と悪がひっくり返るのだ。「かたまりの方がやばくない?」という疑念がリスナーの頭の中にうずまいていく。

この後も、担当を辞めるマネージャーへのプレゼントをかたまりだけがあげて、もぐらに一言もいわない、など、どちらがまともか論争は、たびたび浮上する。

二人の言い合いを聞きながら、次第にかたまりの言葉が頭に入ってこなくなり、もぐらの感覚の方が正しい時の方が増えていく。

だが、やっぱりもぐらがおかしい時もある。

こうなると、どっち派という話ではなく、今回はもぐらが正しい、今回はかたまりが正しいなど、答えはその都度違っていく。

「どちらがヤバいやつか」という問いは、ケンカ(遅刻したやつが新幹線でじゃがりこを食うななど)や番組内での裁判など様々な場面でそれが露見するが、このどちらが正しいか、というのは、このラジオの幹となる永遠のテーマであり、ずっとリスナーに問いかけているものだと思う。

ぜひあなたも裁判官になった気分で、聞きながらどちらが正しいのかをジャッジしてみよう。その視点があると「踊り場」をさらに楽しめると思う。

もぐらの生い立ちがすごい

メインである二人の恋愛の話の前に、ラジオだから聞けた話という意味では、もぐらの生い立ちの話は外せないだろう。

もぐらは、もともと自分のことをペラペラ話す男ではない。だが聞かれれば隠さず答える。例えば昔の苗字は「白鳥」だった、親が2回結婚していて、父親が2人いる、などの細かいエピソードがラジオでちょこちょこと登場する。「なんか複雑な家庭なんだろうな」ぐらいに思っていたが、次第にその全体像が見えてくると、想像以上のハードモードであることが判明する。

箇条書きでまとめると以下のようになる
・2歳の時に一人目の「白鳥のおやじ」の車が半ドアで走行。ドアが開きもぐらが道に落ちて腕を複雑骨折する
・父親が家に女性を連れ込んでいる現場に居合わせる。「仕事だ」といったので、母親に父親がいかに仕事熱心かを伝えるために言ったところ、浮気が発覚し、両親が離婚。
・その後も1人目の「白鳥のおやじ」は近所に住んでいて、たまに遭遇する
・2人目の父親は背中に絵が描いてある「本職の方」
・家に娯楽が無いので、母親は夜空を見上げてUFO鑑賞。妹ともぐらも一緒に鑑賞する。
・学生時代は卓球部に所属。卓球がかなり上手く、エキシビジョンマッチで地元を訪れた福原愛ちゃんと対戦
・廃部寸前の将棋部に入ったが、顧問のせいで大会に出られず
・高校生時代から学費などを自分でバイトして稼いで払う
・稼いだお金で銀杏ボーイズの追っかけをして全国のライブにいく
・大学の入学金などはパチスロで勝った金で支払う
・パチスロの規制が厳しくなり、稼げなくなったことから大学を中退になり、お金が良い風俗店の店員になる
・NSCに入りたいと言ったら風俗店の店長が入学金と東京までの旅費を出してくれる
・かたまりと出会い空気階段を結成する
・芸人になった後も歌舞伎町の風俗案内所、カラオケバー、恵比寿のキャバクラの裏方として働く

ラジオで語られた断片をつなぎ合わせるとこんな感じになる。

断片的な話が多いがまとまって話した回もあり、具体的に挙げると、#144「もぐら幼少期」#117「もぐら将棋部の思い出」#103「駆け抜けてもぐら~僕と銀杏の青春時代」#209「平和寮の思い出」がそれに該当する。いずれも神回であり、彼の語りの上手さが存分に出ていると思う。

ということで、小さいころから人生ハードモードだったもぐら。

ただ、彼は高校時代から自分でバイトしてお金を稼ぎながらも、しっかり大阪芸術大学に進学にしている。鬼越トマホークのYoutubeでも語っていたが、学校の成績は500点満点中、常に400点を超えるほど学力優秀だったのだ。さらに将棋の腕は芸人の中でもトップクラスという噂もあるほど強い、ということは、先の展開を読む力にも長けている(この洞察力がかたまり恋愛時のもぐら探偵に表れていると思う)。

後に風俗、ギャンブル世界にどっぷりと浸かることから、根っからのクズと思われがちだが、決してそんなことはなく、むしろ人生の分かれ道でいえば、もっとヤバい道があったかもしれないのに、そちらに行かずに、むしろ常識人であり、クズ側にいたからこそ、彼らの気持ちもよく分かる、懐が深い人間になったと思う。

特にそれを強く感じたのが、ラジオでかたまりが「面白いネタを作ってるんだから面白ねと言われた時にヘコヘコする必要はない」といった時に「それはもちろんみんなそういう気持ちはあるよ。でも、ありがとうございます、っていうんだよ。感謝と感謝で成り立っている日本社会だろ、感謝の心を忘れちゃだめだよ」と言ったシーンだった。

感謝と感謝で成り立っている日本社会なんて言葉があるのか知らないけど、きっともぐらもどこかで誰かに言われた言葉であって、それが胸に刻まれているから、口に出たのだろう。

そして、その言葉はぼくにとっても不思議と胸に残っている。謙虚さと処世術を兼ね備えた素晴らしい言葉だと思う。

余談だが、もぐらが働いていた歌舞伎町の案内所は「思い出の抜け道」という場所にあり、僕の友人のお店がそこにある関係で、すごく馴染のあるエリアだ。その案内所の場所は、案内所の人も店の外にいて、その近くには客待ちをするガールズバーの女性やおっぱいパブの店員、ホストなどがみんな道路に溜まっていて、おしゃべりをしている、いかにも歌舞伎町の交差点という場所だった。

ちなみに彼が優勝した夜、その場所を通ったら、いつもより多くの人が集まり、路上には人だかりができていた。もちろん、空気階段の優勝とは無関係で、緊急事態明け最初の週末だからだろうが、まるでみんながお祝いしているように、笑顔でお酒を飲んでいる姿がステキな光景だった。

空気階段の恋愛がすごい

「空気階段の踊り場」において、恋愛の話は非常に大きな要素となっている。

番組スタート当初は「素人童貞」であり、合コンに行く予定があったのに、急に自分が太っていることが怖くなり、ドタキャンするほど自分に自信がない男だった、もぐら(#20「心に石を積む男」で自分のことをどう評価しているのかが語られている)。

好きな人と同棲するも、キングオブコント敗退の夜に酔って家をめちゃくちゃにして、彼女に振られた、かたまり。

上手くいかない二人だが、そんな二人の恋愛はやがてラジオのコンテンツへと昇華していく。

それを裏で操っていたのが、プロデューサーの越崎さんであり、作家の永井さんだった。この番組のすごさを語るうえで、裏方であるこの二人の存在はかなり大きい。

鬼越トマホークのYoutubeチャンネルに出た、人力舎の岡野さんは「5年後のために媚びるべき芸人」として、空気階段と裏方の2人を合わせた4人の名前を挙げている。

その理由として「(空気階段の)ふたりで決めていると、かたまりのプロポーズとか離婚とか絶対ラジオにしようとしない」と語ったうえで、ラジオの方向性を決めているのは、裏方の二人だと語っている。

それが真実かは分からないが、少なくとも放送開始当初は、自分の恋愛について「(好きな人が)聞いてるかもしれないから、触れないでくれ!」と言っていたもぐらが、好きな人に振られ、2人目の時にはラジオで愛の告白をするようになったのは、「ドキュメンタリーラジオ」で行くという決心があったからであり、それを決めたのは、裏方の2人の説得があったのかもしれない。

その告白が上手くいき、初めて彼女ができて、ラブラブのまま結婚。さらに2人の子どもまでできたもぐらに対して、かたまりの方は波乱万丈である。

番組的に大きな事件となったのは、やはりかたまりの号泣プロポーズだろう。

プロポーズするつもりが無かったかたまりに対して、公開放送でのプロポーズをセッティングするディレクターの越崎さん。ここがこのラジオの分かれ道だったことは間違えない。

結果としては振られてしまったが、それでもこの放送は大きな反響を呼び、空気階段のラジオはすごい、という評判を決定づけた回となった。

だが、かたまり恋愛をエンタメ的に楽しむという意味では、かたまりの隠密恋愛行動が、もぐら探偵によって次々と暴かれる、古畑任三郎のような展開の方も十分魅力的である。

例えば#110「かたまりは元カノと飯にいくタイプ」では、同窓会というテーマで話し出したかたまりの話から、もぐらの追求が始まり、結果として、かたまりは元カノと奥渋に行ったことを聞き出し、本当に下心が無かったを問いただしたことで、かたまりが意外と下心をもって暗躍するタイプということが明らかになる。

そして#119「かたまり元サヤ」では、うその北海道エピソードトークをする、かたまりに違和感を覚えたもぐらが追及すると、元カノとあっていたことを告白。

そうして、復縁を経て結婚した彼女だったが、#191「屁のこき逃げ」で11カ月で離婚したことを報告。

#210「ミニーちゃん」では、またももぐら探偵の追及により、離婚後の3カ月後で新しい彼女が出来たことがバレてしまう。

かたまりの恋愛といえば、号泣プロポーズが代名詞のようになっているが、むしろリスナー的には、不用意な発言、例えば「ディズニー+に入ったんだ」「ディズニー好きだっけ?誰かの影響?」みたいな感じでしっぽを掴まれて、もぐらの追及で告白する、この一連の流れが全部最高のエンターテインメントであり、極上のドキュメンタリーなのだ。

それでも語りつくせない踊り場の魅力

ここまで3つのポイントを中心に踊り場の魅力を書いたが、語りつくした感がないのは、それだけ魅力的だからだろう。

最後にここに注目というポイントを3つだけ紹介しておきたいと思う。

1、もぐらの語り、演技力がすごい

これは踊り場で展開されている、すべての内容の根底にあるものだと思うが、とにかくリスナーメールを読むもぐらのナレーションが上手すぎると思う。

最近だと神回だった#228の「真夏の果実を聞かせて」で、作家の永井さんが「笑うつもりだったけど、もぐらくんの語りが上手すぎて泣いてしまった」と言っていたが、この回が素晴らしすぎてスポンサーが付くほど、素晴らしい回であり、同時にもぐらのナレーションの上手さが存分に発揮された回だと思う。

この他には、北野映画みたいな話を募集するコーナーの中でも珠玉の名作である#150の「芥川賞級のメール」と「河童と小銭」の話、#170「白鳥の親父と再会」の語りも本当に素晴らしく、芸人の枠を超えて、日本全体を見渡してもかなり上のレベルだと思う。

普通にラジオを聞いていると気付かないかもしれないが、ぜひ意識して聞いてみて欲しいポイントだ。

2、岡野さんがすごい

ラジオを聞いていると分かるが、空気階段の二人はけっこう頑固であり、ケンカになると譲らないところがある。そんな二人のラジオに唯一ハマったのが、クズ芸人でおなじみの岡野陽一さんである。

岡野さんは、もぐらを追及する時は、かたまりの弁護人として、かたまりを追及する時はもぐらの援護射撃として登場し、見事な裁きを見せる裁判官だ。

ぼくは他のテレビなどで見る岡野さんよりも、正直、踊り場の岡野さんが一番笑う、面白過ぎる。

そして、もぐらと岡野さんがやっている「くずパチ」というYoutubeも本当に面白い。

この岡野さんが定番カレーのトッピングのように、少し空気変えてくれる素晴らしい存在なのだ。

3、選曲がすごい

この半年ぐらいの「踊り場」の何が凄いかと言えば、その選曲である。

選ぶ曲が良い、というのもあるが、何よりもエピソードトークと完璧にリンクした曲を流すのだ。特に凄かったのが、平和寮時代の友達と会って、当時の話を聞いた後のエレカシの「俺たちの明日」だった。

色々と話しているうちに、ああ、みんな色々な場所でがんばっているんだな~としみじみしたところで、この曲の出だし「さぁがんばろうぜ、お前は今日もどこかで 不器用にこの日々ときっと戦っていることだろう」のところで思わず目頭が熱くなってしまった。

その他にも、夜中にブルーハーブと刃頭の「野良犬」がフルコーラスで流れた時には、心底驚いてしまった。

また#141「Quick Japan」では、PUNPEEがフリースタイルに現役で出ていた時代についてもぐらが熱く語っており、ヒップホップへの愛がいかに強いかを感じることができる。

かたまりも高田渡やフィッシュマンズなど、素晴らしい選曲を聞かせてくれている。

1つ残念なのが「ラジオクラウド」のアプリでは、曲を流すことができない点にある。

空気階段のラジオの内容と曲がリンクすればするほど、それはラジオクラウドでは届かなくなる。radikoでは曲ありで聞くことができるので、最近の放送はradikoを推奨したいが、それもタイムフリーは1週間と短い。

やはり放送中、あるいは放送直後にradikoで聞くのが一番なのだ。

選曲が良くて、絶対に曲ありで聞いた方が良い”芸人”ラジオは、本当にすごいと思う。

いつも思うのは、エピソードトークで自然に入ったのに、曲が用意されていること。話の途中で曲名を書いたメモを渡すのか、事前に用意しているのか。そんなことが気になってしまうぐらい、エピソードトークと一緒になった選曲が素晴らしいので、ぜひ聞いてみてほしい。

そして伝説はつづく

空気階段がキングオブコントで王者になったことで、「空気階段の踊り場」は伝説のラジオになったと思う。だが、伝説は続く。いや、普通にラジオは続く。すばらしい過去回も聞ける。

テレワークのお供に、移動中のお供に、いつでもいいから、ぜひ空気階段の踊り場に耳を傾けてみて欲しい。胸が熱くなり、目頭が熱くなる瞬間がいくつもあるはずだ。

そんなドキュメンタリーラジオをこれからも聞いていきたいと思う。