戦前の大正15年から昭和4年まで、東京の街に「説教強盗」が現れた。
説教強盗とは、自分が泥棒に入っておきながら家の人に「戸締まりをしっかりしろ」「犬を飼え」などの説教をしたという。
居ない間に盗まれるのも嫌だけど、留まって怒られるのはもっと嫌だ。
この奇妙な事件が、後に偉大な作家を生むことになる。
犯人はサンカではないか?
犯人を追っていた警察、そしてそれに張りつく新聞記者。
ここに奇妙な展開が起きる。
ある日、新聞記者の三浦守がいつものように説教強盗について調べようと、警察にくっついていた、すると警察が「犯人はサンカでは」という言葉を口にしたのだ。
サンカとは何なのか。新聞記者の三浦はこの言葉の意味を調べ始める。
「サンカ」とは、山々を漂流する民のことである。
彼らは山に住み竹で箕作りなどをしていた。
そして、その蓑をもって村人に会いに行き、食糧と交換して生活をしていた人々である。
本書によると普段は大人しいが「移動期には、先天的、遺伝的の異常性格により、俊敏に勇敢に犯罪行為を実行する」ところがあり、警察から睨まれていたという。
そして、その手口は窃盗、万引きが主だった。逆に殺生などはさけていたという。
サンカの秘密結社「シノガラ」が田中角栄を動かしていた!?
彼らはいたるところに分布していたが非常に団結力が強く、優秀な組織だったため、大正の初期にはサンカによる犯罪が数多く行われていたという。
彼らの本当の姿については、憶測、幻想などが入り交じり、またサンカ自身が情報を外に出さないため、全てが憶測の域を出ない。
だが、彼らが昭和の初期まで存在していたことは、目撃者も多数いるため確かなことである。
一方で、それが全国的な組織を持ち、様々な日本史の裏の場面で暗躍してたという噂は数多く存在するが、その証拠はない。
この本では、戦後の戸籍制度の徹底でサンカは全て定着民となり絶滅してしまった、と断言している。
しかし、一方でその後も地下社会で生き続けて資金を集め、エリート集団を生みだし、秘密組織「シノガラ」として田中角栄の裏で動いていたという噂もある。
鬼や天狗はサンカだった!?
サンカについて、彼らがいつ頃から存在したのかは確かではない。
しかし、彼らが古代からずっと山にいたことから、伝説の鬼や天狗は彼らだったのではという説もある。
また本書では、忍者も江戸時代が終わり、行き場を失ってサンカに組み込まれたのでは、と書かれている。
その他に彼らにだけ分かる隠語やサンカ文字などがあり、それは決して、サンカ以外に伝えてはならないことになっていたという。
サンカ小説家・三角寛が誕生
説教強盗を追っていた朝日新聞の記者の三浦守は、徹底した取材によって警察よりも先に犯人を発見・追跡し、それを新聞紙上で発表してしまう。
結局、犯人はサンカではなかったが、三浦守はサンカに興味をもち、朝日新聞を退社する。
エリートコースを捨てて、彼が選んだのはサンカ小説家だった。やがて空想で書いていたサンカ小説を経て、サンカ学の研究家となり、東洋大学から文学博士の称号を受ける。
つまり、この説教強盗事件こそが、後のサンカ小説家である、三角寛を生む事件だったのである。
ちなみにこの三角寛が経営していたのが、いまも池袋にある映画館「新文芸坐」の前身である「文芸坐」である。
さて、本書をどう読むのか。 けっこうヘンテコな本である。
一つの見方としては、その後もサンカを追い続けたノンフィクションライター礫川全次(こいしかわぜんじ)のデビュー作として見る。またはサンカ研究の入り口として見るべきものだろう。
その後、礫川全次はいくつもサンカ本を出しているが、網羅性では「サンカ学入門」の方が上だとしても、本書の方は、まだ作家自身がサンカのロマンを強く信じており、その分、上質なミステリー本として楽しめる作品に仕上がっている。