古今亭志ん生の落語をすべて聞いた僕がおすすめする14の演目

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落語に興味をもって色々と調べていると、ほとんどすべての人から絶賛されている人物がいる。

それが古今亭志ん生(ここんていしんしょう)だった。

調べてみると、まずそのキャラクターが素晴らしい。とにかく客に愛されていたのだ。

有名なエピソードだけ取り出すと
・高座に酔っぱらってきて途中で寝ちゃったけど、客席は怒らずに笑ってた。
・関東大震災のときに真っ先に酒屋に行って酒をもらってきた
・戦争中に満州に慰問にいった時に自殺しようとウォッカ1箱を飲んだけど、目が覚めちゃった
・満州で面白い若者がいるので「あんたなら日本ですぐ売れる」と褒めた人が後の森繁さんだった。
・自分がトリ(最後)の高座でも、もっと割りの良い営業の仕事が入ったらそっちに行っちゃう
・落語の登場人物の名前を忘れて「え~っと、どうでもいい名前」と言っちゃう

この人物こそが、「落語の神様」と言われた伝説の落語家・古今亭志ん生である。

当時の僕は立川談志の本を読むことが多く、その中でたびたび登場する志ん生という人物の名前だけは覚えたけど、なかなか聞く機会がなかった。

だが、ある時、図書館にたんまりCDがあることを発見して、それ以来iPodに入れて落語を聞くようになった。20代半ばの話だ。

聞き始めは「なんだかモニャモニャして聞きづらいなぁ」と思っていたが、「あくび指南」を聞いてから急に好きになる。そして、厩火事を聞いて、ズキュンとなった。この人すげぇ。

厩火事は当代一といわれる立川談春のも生で聞いたことがあるけど、やっぱり志ん生の方が好きだった。

それはやっぱり貧乏暮らしを長くしていて、奥さんに苦労をかけながら、芸を磨いて、神様と呼ばれるまでに辿り着いた、というストーリーを知っているからだと思う。

志ん生の生涯については「びんぼう自慢」に書かれている。

さて、志ん生の魅力は、「火焔太鼓」のような軽い話や、「文七元結」のような泣ける話にあると思うが、その一方で、粗忽長屋や黄金餅みたいなヘンテコな話も上手い。

また、鈴振りのような、立川談志が「なんであんな演目(ネタ)やったんだろうね」と嘆くような、どうしようもなくバカバカしい噺も面白い。

それぞれの部門別におすすめの演目を選んでみたので、ぜひ聞いてみてほしい。

入門編(軽めの話)

あくび指南

あらすじ
ある時、熊五郎が「あくび」を習いたいと言い出した。それを聞いた八五郎は「あくび?あくびなんて習うもんじゃないだろ」と言うが、熊五郎は「あれでなかなか難しいんだ」と芸の先生のところに習いにいく。一番易しい「夏のあくび」を習う熊五郎だが――。

聞きどころ
「おうとくら!」「大門をへぇって(入って)」など汚い言葉使いが面白い。短い時間に落語のエッセンスが詰まっている。これぐらい軽い話こそが志ん生の真骨頂だと思う。

火焔太鼓
あらすじ
古道具屋にねむっていた大きな古い太鼓。丁稚の定吉(さだきち)が太鼓を叩きながらはたきをかけていると、通りかかった偉い侍が「たいそう気に入った」ということで、三百両で買い取る、という。大喜びで帰ってきた亭主は「音が鳴るものがいいね、今度は半鐘を買おう」というと妻が「半鐘はいけないよ、おジャンになるから」で下げとなる。

聞きどころ
志ん生といえば「火炎太鼓」だと言われるほどの代表作。もっといえば古今亭の演目ともいえるネタで、息子の志ん朝が、高座で火炎太鼓をやっている若手が降りてきたときに楽屋で「誰に教わったんだい」と言った話は有名(やっぱり一門の所有物って感じなのかな)。大金を持って帰ってきた男が妻にいう「びっくりして座りションベンしてバカになんじゃねぇぞ」というフレーズは志ん生らしい一言。

後生うなぎ

あらすじ
大家の主人は極端に信心が深く、蚊が刺しても殺してはいけない、という人物。ある日、鰻屋の前を通りかかると、鰻を捌こうとする主人が見えた。すると大家は「おい、何をする気だ」と主人に尋ねる。主人が「捌いて焼いて客に出すんだ」というと、大家はそれはいけない、と言いだして鰻の値段を聞き、そのお金を渡して鰻を受け取ると、目の前の川に逃がしてあげた。「ああ、功徳をした」といっていた大家だが、それから毎日鰻屋の前にきて、同じやりとりをしてお金を渡すようになっていった。ある時、大家が鰻屋に近づくのが見えた、ちょうど鰻を切らしていた主人は赤ん坊をまな板に乗せた。「おい、何をするんだ!」「はい、客に出そう」と思って「だめだ、だめだ。わしが買い取る」と言って、お金を渡して赤ん坊を受け取ると、目の前の川にボチャーン。

 

聞きどころ
なかなか酷い噺だけど、展開が読みやすく、それでも意外なラストに初めて聞いた時は驚いてしまった。志ん生の良さが生きているのは、やはり欲の皮がつっぱった鰻屋の主人の方。「なんでもいいんだ」と赤ん坊をまな板に載せるあたり、志ん生ならやりかねないリアリティがある。

 

風呂敷

あらすじ
夫の帰りを待つお崎のところに、幼馴染の半七が遊びにきた。そこに帰ってきたのが旦那の熊五郎。間男に間違えられてしまうと、とっさに押入れに隠れた半七。この緊張状態で物語は展開していく。咳払いひとつで全部バレてしまう状況で、困ったお崎を救ったのは、鳶頭の政五郎だった。政五郎は風呂敷を持って熊五郎のところに行き――。

聞きどころ
これは緊張と緩和を上手く使った噺で、バレたらまずい、という緊張状態を風呂敷ひとつで解決する噺。めずらしく志ん生が実際にやった映像が残っている。半七を逃がすときの志ん生の目の動きで、部屋から出ていく様子を表現する動きも素晴らしい。

泣ける話

妾馬(別名:八五郎出世)
あらすじ
家賃を滞納するどうしようもない兄の八五郎。その妹の鶴がなんと殿様の側室になるという。さらに子供も産んで「お鶴の方」に大出世する。ある日、殿様が鶴の兄が見たいというので、八五郎は屋敷に出かけることになったが――。

ポイント
ずっと笑って、最後に泣ける。本当にすばらしい作品。個人的には志ん生のベストだと思っている(時期によって変わるのだが)。酔っぱらった八五郎が殿様に失礼なことを言うのが楽しくてしょうがない一席。

 

文七元結
あらすじ
借金ばかりしている左官の長兵衛の娘がいなくなった。夫婦で大騒ぎをしていると、そこにやってきたのは馴染みの女郎屋のおかみ。「娘のお久はうちにいる」という。実はお久は「私を売るからお金をください」と頼み込んできたという。女郎屋のおかみは「必要なお金は渡す。必ず返しなさい。その日までお久はあずかっておく、でも、一日でも遅れたらお店にだすよ」と告げる。借金返済のために50両を受け取った長兵衛だが、その帰り道に50両を無くして、自殺しようとしている若者に出会い、お金を渡してしまうのだった――。

聞きどころ
文七は「やせ我慢」の噺である。大事なお金を渡す。見つかって返すといえば「江戸っ子が一度出したお金を受け取れるか!」と啖呵を切る。その葛藤の描き方が上手い。あと夫婦喧嘩の様子も面白い。この噺が気に入ったら、志ん朝、談春のもぜひ。

厩火事
あらすじ
髪結いで男を食べさせているお崎は、男が本当に自分のことが好きかが不安です。そこで、仲人のところに相談しにいくと、「旦那が大事にしているお椀を割ってみろ、その時にお椀を心配したら別れた方がいい、おまえを心配したら大丈夫だ」と言う。心配な気持ちのまま、お崎が家に帰り、お椀を割ってみると――。

聞きどころ
この噺が良いのは女の人が一途だからだと思う。好きだけど、心配。それが伝わってくるから、最後のやりとりにホロリと涙してしまうのだ。志ん生の良さは「間」の上手さ。特に最後のところはみんな「どっちを心配するの?」となる、その瞬間の間の取り方が完璧。まさに絶品の落語である。

替り目
あらすじ
俥に乗って酔っぱらって帰ってきた亭主。驚いて迎える嫁に対して、おい、酒だ、つまみだ、つまみがない?おでんを買ってこい!とまくしたてる。おでんを買いに出た女房。そのあとで旦那が「あいつは本当に良い女房だな、こんな俺の嫁になってくれて、ありがたいねぇ、おい、まだいたのかよ」で下げとなる。

聞きどころ
この噺は志ん生の女房への罪滅ぼし的な噺だと思う。面と向かって言えないことを落語を通して伝える。夫婦のやりとりも笑えるし、最後のセリフでホロリとさせる。笑って泣ける名作。

芝浜
あらすじ
腕はいいけど、怠けものの魚屋の主人。久々に魚を仕入れに魚河岸に行く。早く着いたので海で顔を洗っていると、財布を拾う。中には大量の小判が。大金を手にした主人は家に帰ってくると、仲間を呼んで酒を飲んで眠ってしまう。目が覚めるとお金が無い。女房に聞くと「そんなものは無い夢だという」。それからは酒を断ち、心を入れ替えて働いた主人。みるみる店は大きくなった。そんなある大みそかの夜に女房は旦那にある告白をするのだった――。

聞きどころ
これも厩火事と同じ、最後のやりとりですべてが決まる噺。ここでも絶妙な間を見せる志ん生。お酒が大好き、だめ亭主だったけど、女房に救われた、という志ん生自身の人間性も含めると、本当にジンと来てしまう。

不思議な噺

黄金餅

あらすじ
ある日、貧乏長屋で隣の家の坊主が死ぬ間際にお餅にお金をくるんで、呑み込んで死ぬのを壁の穴から見てしまった男がいた。「あ~もったいない。なんで飲んじゃうんだ」となる。結局、男は死体から金を取りだそうと決めて――。

聞きどころ
あらすじにある通り、基本は気持ち悪い噺である。それをどう演出するのか、志ん生の腕の見せ所である。陰惨になってもおかしくない内容なのに、軽く笑える噺に仕上げている。さらに珍しく志ん生の言い立て(決まった長セリフ)も聞ける。客の方も志ん生が上手く言えるかなぁと心配になりながら、やり切る感じがすごく好き。

品川心中
あらすじ
品川の遊郭にいるお染は、最近イライラしている。行事で衣替えをしなくてはいけないのに、お金が用意できないのだ。馴染みも来ない。もう心中をしてやろうと、貸本屋の金蔵に声をかける。酒に酔った金蔵はあっさりと心中を承諾するが、いざ当日となると、怖気づいてしまう。仕方なく、お染は金蔵を桟橋から突き落としてしまうが――。

聞きどころ
聞きどころは強気のお染と、怖気づく金蔵。当時は心中は頻繁にあったと思うが、よく考えたらやっぱりやだよなぁとなる。その本音と建前が入り交じる感じを上手く演じている。

バカバカしいけど、面白い噺

鈴振り

あらすじ
あるお坊さんが次の住職を決めるのに迷った挙句、とんでもない方法を考案する。それは男性器に鈴をつけて、お酒を飲み、絶景の美女がお酌をする、という状況で冷静な人を探すというものだった。チリーン、チリーンと鈴の音が境内に響きわたる。果たして鳴らないものはいるのだろうか。激しい戦いが始まった――

聞きどころ
志ん生の中で一番バカバカしい噺。本人は大好きだったようで、要所要所でやっている。聞きながら「おい、志ん生ウソだろ」と思っていたが、途中から鳴りやまない鈴の音に爆笑が止まらない。

二階ぞめき
あらすじ
吉原が大好きな若旦那。まじめな父親はそんな息子をなんとかしたいと思っていた。困った番頭は、二階に吉原を作れば若旦那も出かけませんよ、と提案。これが採用されて、なんと自宅の二階に吉原が登場したのだった。

聞きどころ
まるでドラえもんのようなバカな噺。息子の志ん朝は「これが親父の中で一番」と語ったというが、その気持ちもわかる。吉原大好きの志ん生だから描ける、吉原中毒の末期症状。後半ずっとニヤニヤしてしまう。

粗忽長屋
あらすじ
八五郎と熊五郎の長屋噺。八五郎が熊五郎に「おい、おまえ生き倒れで死んでたぞ」と言いに来る。言われた熊五郎は「俺は生きている」というが「だから、おまえはバカなんだ、もう死んでるんだよ」と言われ、「そうかなぁ」となってしまう。説得された熊五郎は自分の死体を引き取りにいくことに――。

聞きどころ
世にも奇妙な物語みたい。いきなり「おまえ死んでたぞ」と言われたら、誰だってドキリとする。結局、説得された熊五郎は”自分”の死体を抱き起こすが、「死んでいるのは俺だ、じゃあ、抱いている俺はだれだ?」という不思議な落ちをつける。ポンと空中に投げかけて終わる落ちは本当に秀逸。落語ならではの世界だと思う。

ちなみに息子の志ん朝のおすすめもまとめてみたので、そちらもぜひ。

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