きなこなん式

松本人志が「皇帝」と呼んだハリウッドザコショウの幻のライバルとは~ドキュメンタル7の感想

10連休のタイミングを狙って放送開始された、 アマゾンプライムビデオ

の「ドキュメンタル7」。面白くて最初の3日ぐらいで見終わってしまった。

この番組がどこまで評価されているかは分からない。レビューなんてあてにならないし、一視聴者として見た場合、あまりに品が悪く、雑な芸が多いことも確かだ。一方で企画としては実験的であり、スリリングではある。だが、それでも万人受けするものではない。

その一方でこの番組が、芸人を見るための「新しい評価軸」を提示したことは確かだ。

これまでテレビで活躍する芸人は「ネタが面白い」「VTRの後に良いコメントをする」「必要な時に適度な笑いを提供する」「司会をこなす」「いじられ芸がある」「一発芸がある」「とりあえず若者に人気」などを兼ね備えていることが重要だった。

狂気の笑いや不条理とか圧倒的な破壊力というのは、芸人としては魅力的だが、それは舞台や何組かいる中の一組、あるいはトリオのうち1人ぐらい(ロバート秋山とか)ならありだが、単体となるとテレビでは使い道が限られてしまう。

そして、その系譜にいるのが、ジミー大西とくっきーだと思う。

破壊力も狂気も兼ね備えている。だが、番組では扱いづかい。さんま御殿のようにツッコミがいる状態ならありだが、単体での用途はテレビでは限られてしまう。

だが、だからこそ芸人同士の笑わせ合いである「ドキュメンタル」で彼らは、多くの芸人に恐れられ、爆発力のある笑いを生み出せたのだ。

それはまるで動物園のライオンと野生のゴリラの戦いのようなものであり、ライオンとはいえ、飼いならされている状態では、やはりゴリラにビビるのだ。

ちなみに彼らが出演したシーズンは以下になる。

ジミー大西 1、2、5、6
くっきー 1、3、4(4回目で優勝。その後出番なし)

この二人がシーズン1の段階で二人とも呼ばれている時点で、番組側の意図が分かる。

スマートなテレビサイズの笑いではなく、ブンブン重いパンチを振り回すタイプを入れようと。「そうだ、そうだ」という企画会議での勢いそのままにシーズン1には思わず二人を入れて、「あらら」となり、その後、ずらすように二人を組み込んでいる。

見ている方なら分かるが、この二人、実は守備が弱い。つまりすぐ笑ってしまうのだ。

くっきーはかろうじて優勝したが、ジミーちゃんは爪痕残しに来てるだけだろう、というぐらいすぐ笑う。そんな中で浮上したのが、ハリウッドザコシショウだった。

彼の強みは、破壊力、狂気、そして守備が強い。つまり笑わない。

また、吉本ではない印象が強いが、実はもともと吉本に所属しており、さらにいえば大阪NSCの11期生である。同期には中川家、ケンコバ、たむけん、陣内などがおり、ケンコバとは「ザコバ」というユニットまで組んでいた。

ドキュメンタルは、シーズン1が吉本芸人しかいなかったことから、吉本の番組という認識が芸人間にあり、その後も吉本以外の若手芸人が、吉本勢にやや気おくれをする傾向がある。

その中で彼は吉本勢に対しても友達として接することができるのだ。

「笑わない鉄壁の守備力」
「吉本にひるまない」

この2つを兼ね備えた男が、破壊力十分の笑いの弾丸を詰めた機関銃を持ち、ドキュメンタルの舞台に降り立ったのだ。

彼がランボーのように次々と芸人をなぎ倒していったのは言うまでもない。

ドキュメンタル7の感想

シーズン5で初登場したハリウッドザコシショウは、初登場でまさかの初優勝を果たす。その戦いぶりはまさに圧巻。激辛わさびたっぷりのシュークリームをポーカーフェイスで食べる男のように、どんな笑いにも耐え、お得意の誇張しすぎた物まねを繰り出していった。

前回優勝者ということもあり、シーズン6ではさすがに再登場はせずに、代わりに同じ系譜であるジミーちゃん、村上ショージ、ゆりやんレトリィバァが出た。しかし、シーズン6を見終わった感想としては「友近はやっぱりすごい」というものだった(詳細は内容を見てもらえれば)。

そして、ハリウッドザコシショウが「皇帝」となってシーズン7で再登場した。

美味しいお店には、また行きたくなる店と、1回行けば十分な店があるが、松本人志にとってザコシという存在は前者だったのだろう。

そしてシーズン7は、彼の強さを確かめるために開かれたような大会になってしまった。「圧倒的」「皇帝」「さすが」。松本人志は同じフレーズを連発した。

「あらびき団」でプチブレイクして、その後、レギュラーが無くなった彼がこの番組2回出演で2000万円も稼いだのである。1回100万円を積んで参加するこの番組で、すでに400万円も損しているジミー大西とは大違いであり、とんでもない偉業である。

テレビサイズってなんだ

ザコシに対する松本人志の評価は、過剰ではなく、視聴者の総意だと思う。

キングではなく、皇帝なのだ。強い、そして圧倒的に面白い

ドキュメンタルという番組は、芸人を丸裸にすると思う。ち●こを出してもいいから、下ネタに走る人もいる。笑わないで防御に徹する人もいる。テレビでは「スマート」さが重要だ。だが、それはドキュメンタルでは何の役にも立たない。

これまで積み上げてきた手札の量、破壊力、さらにはメンタルの強さも重要となる。

その全てをハリウッドザコシショウは持ち合わせていた。

なんなら、ドキュメンタル~ザコシにたどり着くまでの葛藤の記録~として、シーズン1から流してもいいぐらいだ。行き着いてしまったのだ、最強の男に。

一方で思う。なんでこいつはテレビじゃ受けないんだ。徹子の部屋とかなんで出ないんだ? なんでマツコと絡まないのだろう?

同時に思い出すのは、いわゆる「地下格闘技」のことだ。

華やかなスポットライトを浴びるK-1のような舞台ではなく、あまり良くない筋の方が掛け金を出して、喧嘩自慢を戦わせる地下バトルだ。そこで勝っても脚光を浴びることはない。勝利給と、死なないで良かったという安堵感だけがお土産となる。

ドキュメンタルは地下格闘技なのか? こんな強いやつが活躍しないお笑い界なんて、果たして正しいのか? テレビサイズに収まらない人が輝く場所はもっとあるんじゃないのか。そんな憤りのようなものを感じてしまった。

果たして、ザコシに敵う人はいるのだろう。彼はもはや敵なしの状態のように思える。

いや、彼と戦える人物が一人だけ思い浮かぶ。だが、すでに老体。見果てぬ夢だろう――。しかし、浮かんだ以上書くと、もしもザコシに勝てる相手がいるとすれば、それはタモリだと思う。

必殺技の出せないウルトラマン

現在のタモリの佇まいを、静と動の2つに分けるとすれば、「静」に属するだろう。

悠然として、どっしりとそびえ立つ巨木。今のタモリなら総理大臣もやれるんじゃないだろうかというぐらい知的で落ち着きがある。

だが、昔の彼は違った。彼が最も輝きを放った時代。それはインディーズ時代の後期にあたる「密室芸時代」まで遡る(ちなみに前期は早稲田のジャズ研の司会~博多くすぶり時代)。

タモリの歩みについては「タモリのジャズを聴け」という文章にまとめたので割愛するが、ざっくりいうと、タモリのデビューのきっかけは、山下洋輔という日本を代表するジャズピアニストのトリオが、博多でコンサートを行い、ホテルで打ち上げをしていたら、ひょっこり入ってきた男がとんでもなく面白かった。帰り際に名前を聞くと「森田と申します」と言って去っていったという。

その男がいかに面白かったのかを、山下は馴染みのバー「ジャックの豆の木」で何度も話していた。いつしかその話は「伝説の九州の男・森田」となってバー全体が共有する話題となっていった。

ちなみに当時の常連は、山下洋輔に、師匠筋に当たるジャズ評論家の相倉久人、赤塚不二夫、南伸坊、筒井康隆らがいた。

ある時、いつものように森田の話をしていると「じゃあ、みんなで金を出し合って、そいつを東京に呼ぼう」と誰かが言い出して、お店の中で帽子を回してカンパを集めたという。そして、博多のジャズ関係者に「森田という人間を知っているか」と聞いたら、タモリにたどり着き、そのカンパを旅費にして、上京してきたのが、素人時代のタモリだった。

ぼくは相倉久人さんから個人的に、当時の話を聞く機会があった。相倉さんは、このタモリが上京する時にも立ち会っている。

店にやってきたタモリは、四か国語麻雀や片言の牧師、五木寛之、寺山修司、イグアナの物まねなど後にテレビでも披露するネタを展開した。

だが、そこに集まったのは当時の一流文化人である。ただ、タモリが持ちネタをやるのを見ているだけじゃ物足りない。物まね中のタモリに誰かが声をかける。

「そこで雨が降り出した」

すると、タモリはいかにもその人物が言いそうなセリフでストーリーを変化させていく。

「その瞬発力、反射神経に驚いた、あれはジャズのアドリブと一緒。タモリはジャズ研究会にいたし、トランペットも吹いていたから、ジャズで磨いた感性だろう」と相倉氏は語っていた。

この頃のタモリの芸は「密室芸」と呼ばれている。なぜ密室なのか、それは表には出せないからだ。

実はタモリは上記のレパートリーに「天皇ネタ、全裸芸、下ネタ」を組み合わせるのが得意だったという。

具体的には四か国語麻雀に昭和天皇が登場したり、イグアナの物まねを全裸でやったりしていたのだ。

徹子の部屋で披露したネタである「色々な国のベッドシーン」も徹子の部屋では最初の方で止めていたが、その先もあっただろう。

上京して爆笑をとったタモリに対して赤塚不二夫は「おまえ、面白いな!家はあるのか、ないんだったら俺の家にいろ」と言って、自らの家にタモリを居候させた。

タモリは売れっ子漫画家である赤塚の家に住み、夜は新宿の「ひとみ寿司」に行き、文化人たちを相手にネタを披露し続けた。

やがて、文化人が様々なメディアで「タモリ」を語ることによって業界内で「タモリとは何者だ?」となり、いよいよテレビデビューすることになる。

テレビ東京や深夜番組などから、テレビに出るようになったタモリ。

活躍の舞台をテレビに移したタモリに対して山下洋輔は「スペシュウム光線を出せないウルトラマンのような状態でどう戦うのか」と語っており、密室芸時代のネタのほとんどがテレビで使用不可だったことを暗に語っている。

やがてタモリは、司会者としての才能を発揮し、独自のポジションを確立していった。

そんなエピソードを思い浮かべながら、ちょっと待てと。タモリはこのままある日死ぬのかと思う。

その必殺技をテレビで見せてないぞ。地下バトルで全勝だった頃のタモリは口伝でしか伝わってないぞ(俺だってやばすぎるのは書けないぞ)。

タモリのもつネタの多さ、瞬発力、鉄壁の守備力、さらにテレビ未公開の密室芸時代の全裸芸は、ち●こオッケーなドキュメンタルでこそ活きると思う。

ああ、見たい。タモリとザコシのバトル。もう前半で全裸でいいから。泥試合でいいから見たい。ロッカーみたいなところで、片言の牧師の準備をするタモさんが見たい。

伝説だけで考えれば、タモリこそ、ドキュメンタルの皇帝になるべき人物ではないか。

「大木凡人芸能人最強説」のような都市伝説にならないか心配だが、タモリがドキュメンタルに出ればまさに最強だと思う。全盛期なら本当に3冠ぐらい余裕だったはずだ。

いま「人から褒められたい」と言い出した彼が果たしてドキュメンタルに出るのかー――。いや、出ないだろう。

ザコシが最強の時代が当分続くだろう。だからあえて言いたい。「密室芸時代」のタモリがいたら、どうだったろうねと。そのあり得ないバトルを心待ちにしながら、ぼくはドキュメンタルの続きを見続けるだろう。

おまけ徹子の部屋のタモリ