きなこなん式

2016年にもっとも衝撃を受けた本『かなわない』(植本一子)が凄すぎたので感想を書いてみる

 

2015年にもっとも衝撃を受けた作品は『火花』であり、2016年は『かなわない』だった。火花に匹敵する作品だと思う。土俵が違うかもしれないけど、それぐらいすごい本だった。

 

たぶん、僕にはこの本の魅力を全部伝えるだけの文章力は無いと思う。とにかくオススメです、としか言いようがない。

 

とはいえ、いくつかポイントはあるので、それについて書いてみようと思う。

 

作者の植本一子さんは、写真家であり、ラッパーのECD(石田さん)の奥さんである。

 

僕は前に彼女が書いていたブログ「働けECD」の収支報告が好きで読んでいたので、その延長線上で「お、また本出したんだ」と読み始めたのがこの本との出合いだった。

 

先述のように読み終えて衝撃を受けたわけだが、そのポイントは以下の4つである。

 

1、育児本として赤裸々である

2、ママだけど女よ!本として赤裸々である

3、ECDが魅力的である

4、日記なのに不思議な筆力があり、読ませる

 

1個ずつ解説してみたいと思う。

育児本として赤裸々である

作者はふたりの女の子の母であり、この本は、子育てに奮闘する日記といくつかの長文で構成されている。

 

震災後から日記が始まるので、最初の方に出てくる放射能を気にして、食材や施設の汚染濃度を気にする感じは「あ~当時はそうだったよなぁ」と普通に読んでいたのだが、次第に内容がきつくなっていく。

 

子どもに対して怒りが我慢できない様子や「なぜ子どもにやさしくできないのか?」という理由を問い続けて行くと、その原因として、自分の母親が自分にしたことなどが、見え隠れするのだ。

 

本書の中で一番きついと思った部分は、自分が子どもに優しくできない理由を母親に求めてメールでやりとりするシーン。

 

「お母さんも一時期小さい頃に私を無視した事あったよね。あれも育児ノイローゼみたいなものだったのかな」

 

「すみません 身に覚えがありません 多分仕事でいっぱいだったんじゃね ごめんね 今なら余裕あるよ」

 

その母親の返信に「そりゃないよ~」と思う一方で、親からすればそんなものかも、と思ってしまう。

 

愛したいのに、愛せない、子どもが好きなのに、上手くいかない。本書ではそんな心の動きをすべて、赤裸々に語るのである。

 

世の育児ブログが、子どもに怒鳴りつけたり、思わずぶってしまった話などをカットした、殺菌済みの内容なのに対して、この人はなぜここまでオープンなのか、そして無防備なのか、だからこそ伝わる母親としての苦悩。僕自身、子育て真っ最中なので分かるが、これが育児の現実だと思う。

 

ママ本として赤裸々である

この本は、基本は日記であるが、途中途中で長文が入ってくる。その中で、気付くと作者に好きな人ができている。さらにその関係の始まりは分からず、終わりだけが記されている。

 

しかもどうやら好きな人が出来たことを、石田さんに告げており、石田さんはその存在を認めながら「別れない」といったらしい。

 

それを読んでいて、「この人は本で何を書いているんだろう」とか「子どもが大きくなって読むことを考えないのだろうか」とか「僕はいったい何を読んでいるんだろう」と考えてしまった。

 

それでいながら、一番熱を持って読んでしまった。この部分が無ければ、この本の魅力は半減していた、と思うほどに。

 

やがて二人は別れて、石田さんの元に戻る。石田さんはこの件について、変な動きはしない。ずっとそこにいる。

 

ECDが旦那として魅力的である

ECDと言えば、「さんぴんキャンプ」を主催し、黎明期から活動している、ラッパー界においては重鎮クラスであろう。とはいえ、ラップだけで食べていけず、賞金目当てに小説を書いて、そこでも素晴らしい世界観を見せている。

 

僕は小説の方にも注目していたのだが、奥さんの目線では全く違う姿が見えてくる「朝から隣の部屋で全力のラップがうるさい」とか「石田さんは今日もライブで遅いらしい。打ち上げに行っていいか?と連絡がくる」など、すごく普通の家庭をもつラッパーの姿が描かれている。

 

とはいえ、この本の根底に流れているのは「石田さんのやさしさ」だと思う。

 

それはメロディーでいえば、耳に聞こえるほどではないけれど、確実にリズムを刻むベースのように、どこかに行きたがっている著者をつなぎとめている。

 

何度も離婚届をもってきて別れたいと言われる中で、ずっと一緒に居続けた石田さんの優しさが無ければ、この本は成立しなかったと思う。

 

そして、そもそも『かなわない』というタイトル自体が、石田さんに向けたものだろう。

日記なのに不思議な筆力があり、読ませる

これが一番すごいところである。なぜこんなに読み進める手が止まらないのか。内容に衝撃を受けるのか。すべては赤裸々な内容とその筆力にある。上手いわけではないが、心の機微がそのまま入ってくるのだ。

 

「テクよりもハート」と言ったのはラッパーのユウザロックだが、それを思わず、思い出したほどの文章力だった。

 

例えばある日の一文「上の娘の先生にも下の娘の先生にも、いつも心配されている。子どもたちと平穏に一日過ごす自信は無い。過去のトラウマが頭をよぎる。明日はどうしようかな~と思い、何人かの友人に声をかけてみるも全滅。」文章がすごいのではなく、子どもと一緒に過ごす自信がない、と言い切るあたりがすごいのである。

 

さて、この本は結局、だれにおすすめすべき本なんだろう、と最後に考えてみた。

 

子どもがいる人、ECDを知っている人の方がきっと楽しめると思う。ただ、そういうものを抜いてもかなり面白い本だと思う。

 

そう、普通に「あ~なんか面白い本ないかな」という人におすすめの一冊である。なかなか出合うことのできない、すごい本を読んでしまった。

 

ちなみにECDについては、日本語ラップ創世記でも書いているので、ECDが気になる方はそちらもオススメです。