人に文章を読んでもらうために必要なのは、果たして「文才」なのだろうか。
ずっとその疑問をもっていた。
自分自身、これまでの仕事で100人ぐらいのライターとやりとりをしてきた。その中で、文才があるな、と思ったのは3人だけだ。あとの97人は特に文才がある、なんて感じることない普通の文章を書く人だった。
それでも優秀な人はたくさんいた。文才なんて無くても良い文章を書く人はたくさんいるのだ。では、そういう人たちは何が優れているのだろうか。
人はどんな時に文才を感じるのか?
まず最初に文才についてもう少し掘り下げてみようと思う。
人が文才があると感じる時の共通点は以下の3つである。
1、比喩が素晴らしい
2、出だしと、そこからの流れが素晴らしい。
3、2つの関係のない事柄の関連性が示される
1について言えば、以前、話題になった父親が逮捕された小学生の作文が分かりやすい。
当時ツイッターなどで「すごい文才」という声が聞かれたが、具体的には以下のような比喩の素晴らしさが挙げられる。
・6人の警官が玄関先で卵のパックに収まっているかのように待機する中、
・私はその現実を巨大なシャボン玉の中から眺めているような違和感でしか受け止められなかった。
比喩というのは、使いまわされてすぐに古くなってしまうが、新しくてバシっとくるものが発明できれば、それは文才があるとして賞賛される。
2の書き出しについて、太宰治は「うまい書き出しは読者に対する親切だ」と言ったが、たとえ社内資料だろうと、ブログだろうと、そこに気を使わない人は、読み手に優しくない人だと言える。
具体例については、あまりに多すぎるのだが、僕の好きな作家でいえば、福永武彦の「草の花」の出だしが該当する。
「私はその百日紅(さるすべり)の木に憑かれていた。それは寿康館と呼ばれている広い講堂の背後にある庭の中に、ひとつだけ、ぽつんと立っていた。」などが上手いなと思う。もう物哀しい。
3は、あるテーマについて冒頭で触れて、そこからいったん関係ない話に離れて、「あれ、どっか行ったぞ」と思ったら、急カーブで元の話に戻ってくる、というもの。
この二つの関連性が無ければないほど、人は「上手い!」と思う。例えば、イルカとオットセイの共通点の話をされても、なんとなく近いなと思ってるから驚かないが、イルカとパエリアの共通点の話が上手く決まれば、そちらの方がすごいとなるはずだ。
だいたいこの3つが「文才がある」と言われる場合の特徴である。
ライターは文才がない?
では、比喩が上手くて、出だしが上手くて、関係ない話をしてもとの話に統合できれば、文章で飯が食えるのか、となると、実はそんなことない。
具体的にいうとライターと言われる人々のほとんどはそれに該当しない。つまり「文才」など無いのだ。
いま挙げた3つの条件は、小説やコラムにおいて「お、文才があるな」となる条件であって、文才がある=文章で飯が食えるではないのだ。ライターと言われる人には、文才よりももっと大事なものが備わっているのである。
文才よりももっと必要なもの
文章で飯を食うために必要なものは、全体を構成する能力である。例えば、美味しいすし屋の記事であれば、情報は以下の4つである。
1、大将や従業員の話(どこで修行していつ独立したか)
2、内装、店の雰囲気(和風で個室があって)
3、ネタがいかに新鮮かあるいは珍しいか(大将が毎朝築地にいって)
4、予算感(コスパが良いのか、記念日に行く店なのか)
これをどの順番で組み立てるかが構成力だ。ちなみに正解は無い。大将が良い人だが、たいして美味しくない店なら、人柄重視で組み立てるし、ネタが大きいことが特徴なら、そこを軸に組み立てる。
店に合わせて、この構成を変えるのだ。その組み立ての上手さこそがライターの腕の見せどころなのである。
どこを切り取るか考える
これが小説であれば、もう少し範囲が広くなる。そこで重要なのがどこを切り取るかだ。映画界には「スライス・オブ・ライフ」という言葉がある。人生の一部分を切り取って紹介することだ。例えば、又吉の「火花」でいえば、メインは、売れない芸人時代にスポットが当てられている。
とはいえ、あの主人公の屈折した感じでいえば、学生時代を書くこともできるし、売れた後を拡大することもできただろう。
だが、又吉は主人公にとって決して輝いているともいえない「くすぶっている時代の葛藤と楽しさ」を描いた。それがあの成功に結び付いたのだろう。
何を描くか、ということは大事だが、その前に大きなストーリーのどこを切り取るのか、そのチョイスがまず重要なのである。
まとめ
こんな話をつらつら書いたのは「自分には文才がない」という曖昧な理由で落ち込む人がいるからだ。そんなものみんな無いと思う。プロでも無い。それよりも構成に気を配るのは誰でもできる。
例えば、以下のような話をブログを書こうとしたとする
↓
コンビニで変わったお菓子が売ってたから買って食べた。おいしかったので調べてみたら、地域限定品だった。
↓
これを分解すると以下になる。
1、コンビニで変わったお菓子が売ってたから買ってきた
2、おいしかったので調べた
3、地域限定という発見があった
時系列で言えば、1→2→3となるが、3の地域限定から話を始めてもいい。具体的には以下のような構成だ。
1、過去の地域限定のヒット商品の話、最近の地域限定市場の話
2、コンビニに行ったら、変わったのがあった
3、これが地域限定だった!美味しい!
必ずしも、これが良いとは限らないが、少なくとも「誰だか知らない人がコンビニに行った話から始まる」よりは普遍性が出て、それによって興味を持つ人の分母も増えるだろう。
「文才」なんて不確かなものに振り回されず、もっともっと構成に気を使えば、これまで以上に多くの人にとって有益な記事が書けるようになるだろう。