良い本の定義というのは色々あると思うが、僕の中では「読む前と読んだ後で世界が変わっている」というのがある。
それは司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んだ中学校時代に初めて味わった感覚だが、それ以降も何度かそういう作品に出合った。
劇団ひとりのネタで「いつもの帰り道が少し違ってみえたんだ」ってセリフがあるけど、それに近い。
発酵に興味をもった人が真っ先に読むべき本「発酵道」を読み終えた時、世界が変わって見えた。
日本人は発酵食品に囲まれて生きている
味噌や納豆、醤油、鰹節、漬物など日本人の食生活に発酵食品は欠かせない。
あまりに当たり前にあるので、慣れてしまっているが、実は世界でここまで発酵食品が充実しているのは日本だけである。
その事実にまず驚く。そして、日本酒もお米を発酵して作っているのである。
この本は、酒蔵の息子の半生を描いた自伝本である。
婿養子として20代で酒蔵の社長となり、代々続いている酒蔵を自分の代でつぶさないように、経営の効率化を推し進める。
しかし、その結果出来上がったのは「まがい物」だった。添加物を入れて、甘くて、臭い日本酒。体にも悪く、酔っぱらったお父さんは嫌われる、諸悪の根源のようなお酒。
なぜ作っていたのか、それは経営が安定するからである。
でも、寺田さんは病気を機にこれを少しずつ変えていくことにした。
日本酒も発酵して作っているのだ
昔のやり方に戻そうとしても、もはや昔を知っている人がいない。
作るのは大変だが、壊すのは簡単なのだ。
それでももう一度本物のお酒をつくることにした。
そのために必要なのが、無農薬のお米と蔵に住む微生物の力だった。
お米は探して買えばよい、しかし、微生物は本当に他力本願。どう動くか分からない。
この辺りから少しずつ「発酵道」になっていく。
日本における「○○道」というのは、ゴールがない。道だけがあるのだ。
内容も次第に哲学的になる。
そして、そこで意識の革命が起こる。
微生物が「発酵」して美味しいお酒を作っているのだ。偉いのは微生物だ、という微生物を神様とした宗教のような世界観である。
でも、それはその通りで、目には見えないけど、我々は計り知れないほどの微生物の恩恵を受けて生きているのだ。
後半の文章で、人間の皮膚にはびっしりと微生物がついている。実は人間は微生物を運ぶために存在するのかもしれない、という言葉があってドキリとした。
それって蜂が自分のために蜜を集めながら、花の受粉を助けているのと同じで、人間も微生物の媒介なのかもしれないのだ。
微生物の世界に気付いた時、急に視野が広がってきた。
これから発酵食品をどんどん作っていこうと思う。
そして、今年の寺田家(千葉)でやっている蔵フェスには足を運んでみようかなと思っている。
それぐらい影響力のある一冊だと思う。