「才能」という言葉は、特別な響きをもつ。
才能がある、才能がない。その言葉によって、どれだけの人の人生が狂わされたか。
「センスが無い」という言葉をコーチに言われてバスケを辞めた僕にとって「才能」というものは、ずっと謎の存在であり、欲しくても手に入らないものだった。
それ以来、U-19などのサッカー日本代表を見て、どの選手が伸びるかを予測することで、才能を見極める目を養おうと思い、15年ぐらいずっと見ている。
だが、平山や森本など将来を嘱望されながら、伸び悩む選手がいる一方で、下手だと思っていた岡崎がプレミア優勝を果たすなど、どうも「才能」というのが分からなくなってきた。
そもそも「才能」とはなんだろう。
その本質を探るために、ブラジルやケニアなど、6か所の人材の宝庫を取材し、そこで見えてきたものを紹介した本が『トップアスリートの両産地に学ぶ 最高の人材を見いす技術』だ。
ここで語られる内容は、けっこう衝撃的なものだった。
才能は存在する。だが、それは世界中に存在する
本書は取材の結果として、才能を「成功を約束するものではなく、土俵にあがるための資格に過ぎない」と結論付ける。
「才能」という言葉で片付けられていることの中には、短距離が得意か、マラソンが得意かを語る際に登場する速筋、遅筋の割合、初めて何かに取り組んだ時に習得が速い人、遅い人の違い、また誕生日が4月生まれか、12月生まれかなど、さまざまな要因が存在する。
筋肉は才能の一部かもしれないが、誕生日の違いなんて、才能でもなんでもなく、「ただある時期に身体能力が高かった」というそれだけの話になる。
一時期サッカー界でも、U-16日本代表に選ばれた若手の選手がその後伸び悩む原因について、当時の選手のリストを見ると、ほとんどが4、5月生まれであり、上手い選手ではなく、成長が早い選手が選ばれていただけだった、という話もある(現在は改善された)。
また、習得についても、せーのでやってもらえば、最初はばらつきがあるが、4か月後に経過を見た時点での成熟度は最初から上手い人も、最初はダメだった人も結局、一定の幅に収まるという。
そんな「才能」という曖昧な存在よりも、もっと大事なのは「練習の量」と「自分を信じる心」だという。
才能の実態は1万時間の法則だった
1万時間の法則という言葉をご存じだろうか?一流のピアニストと一流になれなかったピアニストの自主練習の時間などをトータルで調べたところ、一流になれた人に共通するのは、とにかく練習量だったという。しかも、それは「1万時間」だった。
1万時間とは、1日2時間44分を10年間続けた時間である。
つまり、目の前のスーパーマンは天才ではなく、ただ1万時間を積み重ねた人である、という話だった。
これでいくと「天才」「才能」という言葉は、努力しない人の言い訳に過ぎないことになる。
「あいつは才能があるよな」。そんな言葉で片づけて、努力をしていない人は、永遠のその人の地平にはたどり着けないのだ。
ずいぶん昔に春風亭小朝が「膨大な慶子の量が質に変わる時がくることを若手は分かって無い」と言っていたが、そういうことなのだろう。
「努力こそ大事」。まさか最新の研究結果が導き出した答えが、昭和のスポ根のような話になるとは思わなかったが、本書では次々とオリンピックのメダリストを生みだす指導者たちに取材をした結果、そう結論付けているのだ。
この言葉の意味は重い。
天才少年はなぜ消えるのか?
日本人は神童が大好きである。8歳の天才少年、なんて言葉がよく登場する。
彼らはなぜ凡人になってしまうのか。
その理由は周りの褒め方にあるという。
あるグループにテストをして、高得点だった理由を「素晴らしい才能!」と褒めた場合と、「素晴らしい努力をしたからだ!」と褒めた場合のその後の推移を見たところ、才能を褒めたグループは、より難しいことにチャレンジせず、失敗を恐れるようになってしまったという。
一方で、努力を誉められたグループは弛まず努力ができ、伸びていったという。
これは「神童」という言葉の影の部分をよく表している。
「才能」という言葉の裏にあるもの
さいきんよく思うのは、「人間は何にどれだけ時間を割いたかで人生が決まる」ということだ。
それはRPGでレベルアップをしたときに、どの能力に振り分けるのかに似ている。
時間とお金をどこに注ぐのか。才能やセンスという言葉で片付けられてきたものは、実はそこに集約されるように思う。
音楽評論家は、きっとほかの人がマンガやテレビを見ている時にも、ブルースの歴史の本を読んでいたはずだし、アパレル業界に生きる人は、5万円あったら、そのほとんどを服に費やしていたんだと思う。
その昔、テリー伊藤が「天才」と言われた時に「天才じゃない。考えた時間の差だ」と答えたというが、実は才能やセンスは、ただただ量に支えられていることが多いのかもしれない。
個人的には、アメリカのサッカー界の神童フレディー・アドゥーくんのその後の話が切なかった。
「才能」というマジックワードの実像を暴く本書は、スポーツ、ビジネス、色々な場面で役立つ内容が満載だった。
トップアスリート量産地に学ぶ 最高の人材を見いだす技術 | ||||
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