僕のライフワークのひとつに、児玉誉士夫研究がある。研究と言っても特別なことをするわけではなく、彼に関連する本をいっぱい読んでいるだけだ。
なぜ知りたいのか、それはフィクサーに憧れるからだ。
日本の戦後社会を裏から操った。なんてカッコイイんだろう。
例えば歴代総理を裏から操る、ということは、総理は辞めたら終わりだけど、フィクサーはずっと影響力を持ち続ける。最高じゃないか。
ということから、一体何が特別なんだろう、と児玉誉士夫関連の本を何冊も読んだ。
そして、そこから得たノウハウをもとに「フィクサー講座」をやってみようと思う。
フィクサーとはなにか?
これは闇の便利屋、調整屋のことである。
例えば、いつも行くコンビニで気に入らない店員がいる。辞めさせたい。それでいて、自分がやったとバレたら恨まれるからやだ。
その場合、児玉さんに言えば大丈夫。いつの間にかいなくなる。これが闇の便利屋だ。
それは例えば、今度の株主総会はちょっと揉めそうだけど、すんなり終わらせたい。選挙で勝ちたいけど負けそうだから、なんとかしたい。あるいは、いま赤字で会社がやばいから、うちの飛行機を大量に売りたい(ロッキード事件)。
これらはぜんぶ児玉さんが解決してくれる。
処理の仕方はブラックボックス。依頼人は何も知らない。むしろ違法な処理をしていることもあるので、知ってはいけない。
これがフィクサーだ。闇の世界で、交渉や調整を行い、依頼人の願いを叶えて、相談料、コンサルタント料の名目で報酬をもらう。
かつて映画監督の山本晋也さんが児玉邸で書生をしていた時期があり、その当時を振り返って「児玉さんも凄い人だったね。いろんな大物が出入りするし、活気があったし」と語っている。彼の家に何個も部屋があり、相談をしたい人が列をなしていたという。
総理大臣にだって電話一本。これですべてが解決してしまう。
なぜ、彼にはこうした事が実現できたのか。
それを読み解くことで、一歩フィクサーに近づけるかもしれない。
フィクサーに必要な7つの要素
児玉の経歴を調べて、整理してみたところ、以下の7つの要素が重要だと分かった。
1、人脈
2、伝説
3、お金
4、暴力
5、凄み
6、情報
7、大義
これは「フィクサーの7つ道具」と言っていいだろう。いずれも彼の経歴と絡み合っており、これを読み解くためには、彼の歩みを改めて知る必要があるだろう。
だが、それはちょっと大変なので、いつか改めて書こうと思うので、まずは彼の経歴をざっくりと箇条書きで書くと以下のようになる。
・福島出身。一家離散で親戚のいる朝鮮にいく
・15歳で日本に戻り、向島の工場で働くも貧乏
・何かやろうと、右翼になって天皇直訴事件を起こす
・なんども刑務所に入るうちに右翼の中で一目を置かれる
・笹川良一と知り合い、海軍と縁ができる
・海軍から「戦争には中国のレアメタルが必要だから調達して」と頼まれる
・13人の部下を連れて上海へ行き、「児玉機関」を結成
・物々交換などで中国から物資を集める
・戦争が終わった時には、ダイヤ、レアメタル、お金をたんまり手にする
・海軍に返すが、いらないと言われて隠す
・A級戦犯になって巣鴨プリズンにいく(CIAと協力関係になる)
・出所後、金をもっている噂を聞きつけた人物に頼まれ、政党の立ち上げ資金を出す
・その政党(現在の自民党)に影響力をもつようになる
・アメリカの大統領が来る時に、警察と自衛隊が守りきれないと断る中、右翼と暴力団による自警団を組織する(結局、来なかった)
・日韓国交正常化にあたって下交渉を受け持つ
・ロッキード社から依頼を受けて、日本にロッキード社の飛行機、潜水艦の偵察機を売り込む
・アメリカの議会で暴露されて、証人喚問を受ける
・結局、脱税で起訴される。
・「俺が全部話したら日本がひっくり返る」「実はCIAの秘密工作員だった」と話して死去
ざっくり言うと、こんな感じである。真贋があやしいものもあるが、それも含めて児玉なのである。
上記をベースに話を進めていく。
1、人脈について
児玉の人脈は、海軍、政治家、右翼、暴力団、韓国、財界と幅広い。しかも、彼のすごいところは、それらを繋ぎ合せる能力である。
例えば、児玉と海軍を結ぶキーマンとなるのが、大西瀧治郎(たきじろう)中将である。特攻隊の生みの親と言われる大西さんは中将という階級である。当然、部下が大勢いる。その中には戦時中のエースパイロットである源田実もいた。
彼は戦後自衛隊に入っている。戦時中の英雄だけに発言力もある。児玉がロッキード社の製品を自衛隊に売り込む際に、この人脈が活きているのだ。
このように彼は常に人脈を駆使して、工作を行っていたのだ。それはすべて過去の自分の資産であり、出会いに照れずに、色々な人に貸しをつくっていたおかげだろう。
この人脈こそがフィクサーの財産だと言える。
2、伝説
ある時期、児玉が株取り引きで暗躍することがあった。向こうに児玉が付いたぞ、という噂だけで株価は大幅に変動したという。
その中には実際は関係ないものも多かったが、彼はそれを否定しなかった。
また、児玉機関が上海で商売を始める際に、先に同じようなことをやっていた人物がいた。児玉からすれば邪魔な存在である。ある日、この男が死体で見つかった。誰もが児玉を疑った。本人はやっていないといい、戦後アメリカにも疑われたが、アメリカの調査でも殺人を立証することはできなかった。事実は違うのかもしれない。しかし「邪魔者は消すらしい」という噂だけはのこった。それも児玉伝説の一部となったのだ。
虚像が社会的に認知され、伝説となる。児玉は否定もしないため、彼に会う人物は確かめるすべもなく、「そうかもしれない」という噂だけで冷や汗をかいてしまう。
そうした語り継がれる伝説の存在もフィクサーには不可欠なのである。
3、お金
児玉の資産については、誰も正確な数字は分からない。だが、ロッキード社から児玉に21億円が支払われたこと、終戦時の児玉機関の資産が32億円あったこと。これははっきり数字で出ている。これだけでも莫大な金額である。
さらに、企業からの相談の処理料、株の報酬など入る金は膨大だったであろう。
一方で贅沢をした話はあまり出ておらず、趣味は釣り。金を使った話といえば、大西中将が亡くなった後に遺族に金を送り続けた、とか児玉の工作によって職を失った人に対して、最後まで金銭的に面倒を見た、など美談の方が多く聞こえてくる。
使わないなら金はいらないだろう、とはならない。なぜなら金が無くては工作はできないからだ。政治家に金を配る時もあるだろうし、時には選挙にあたって児玉に金を用意しろ、という要請があり、仕方ないから暴力団を使って小豆市場を一時的に閉鎖させて、そこで得た利益で選挙資金を作って渡した、なんて話もある。
「金はいくらあっても困らない」というのが、児玉の考え方だったのだろう。フィクサーといえば説得や調整が主な役割だ。それを成功させるためには、お金は必要ということなのだろう。
4、暴力
これについては、右翼、暴力団などが彼の後ろには大勢いた。児玉が工作のために、暴力団を使った、という話は上記の小豆相場ぐらいだが、暴力というのは行使する必要はない「予感」だけでいいのだ。その点、児玉はすべてを兼ね備えていた。これについて真似をするのは無理である。ただ、知ることには意味がある。児玉の後ろには「暴力」という存在があった。だからこそ彼が「イエス、ノー」を迫った時に、人はふとそれを思い出してしまう。暴力とは「予感」だけで十分なのである。
5、凄み
児玉という人物を語る時、伝説の話は数多くあるが、その迫力については、よく分からない。Youtubeに話している動画があるが、特別にすごいという印象を受けるわけではない。
そんな中、ジャーナリストの大宅荘一が児玉と向き合った時の印象を書いていることが分かった。そこに記されていたのは以下の内容だった。
「全体としての印象は、一種の猛獣にちがいないが、ライオンやトラのように陽性ではない」
つまり、オオカミ、クマなどの陰性の方だということだろう。静かに怖い感じだろうか。
「よく注意して見ると、額に傷跡が筋を引いている。片目の丹下左膳のように、はでな傷ではないが、そこから妖気のようなものをただよわし、いくたびか刃の下をくぐってきたことを物語っている」
雄弁に語って相手を説き伏せるというよりは黙ることで、相手に勝手に想像させるような、そういうタイプの凄みをもっていたのであろう。
「凄み」という要素は、簡単に身に付くものではないが、いつもヘラヘラしているだけではだめだろう、ここ一番でしっかりと凄みを出せるよう、日ごろから鏡の前でトレーニングしておく必要があるだろう。
6、情報
情報は二つの意味がある。集めること、使うこと。情報を集める、という点において彼は、いまも残る『東京スポーツ』のオーナーであり、さらに複数の新聞社を所有し、博報堂にも影響力をもっていた。気になる人がいれば取材と称して合法的に張り込むことができたため、情報を集めるのは簡単にできた。
インターネットが無い時代、情報網をもっていることは大きな意味をもつ。例えば、ある児玉が育てていた議員を攻撃する、国会議員がいた時、児玉は追及を止めさせるために、彼を家に呼び、そこで女性遍歴、政治資金の出所などすべてを書いた紙を彼の前にばらまいたという。
仕入れた情報を使って、悪い事をする必要はない。ただ「情報を握っている」と伝えるだけでいいのだ。それは現代においても、強力な意味をもつのである。
7、大義
なぜ人が児玉の言うことを聞いたのか、それを考えながら本を読んでいて、なんとなく分かってきたのが「大義」の存在であった。
具体的には、日本がアメリカから独立して自主防衛を目指す、という大義であったり、国のため、国民のため、という大義である。
アメリカの大統領が日本に来る時に、なぜ暴力団が彼に協力して自警団を結成したのか、それは極道と言われた彼らが「国の役に立つ」機会を与えてもらったからだろう。児玉のためではなく、国のために彼らは結束したのである。
結果としては、児玉にも、それだけの暴力装置をもっていることを喧伝でき、大きな意味はあった。だが、彼がみんなに説いたのは「大義」だったと思う。
「友達のため」「家族のため」「仕事のため」。それらの大義は人を動かす原動力となるのだ。
児玉の交渉の現場は多くが一対一であり、その中身を伺い知ることはできないが、きっと彼はそういう言葉を真剣に話しながら、人々を説得したのだと思う。
そして、だからこそ彼は闇社会の住人でありながら、正々堂々と誇りを持って生きてこれたのだろう。
まとめ
児玉誉士夫という戦後最大のフィクサーを教材を使い、フィクサーのノウハウを書いてみたが、いかがだったであろうか。
読んで分かる通り、一朝一夕でなれるものではない。また、きっと報われることの少ない仕事だろうし、決してなりたい職業ランキングに出てくる仕事ではない。
でも、きっとここで出たノウハウは実社会で何かのヒントにはなるはずだ。そう信じて書き続けてみた。
金と暴力だけで、フィクサーにはなれない。それをどう組みわせて、どうみんなが納得する方向に持っていくか、つまり人間力と頭脳と度胸。それこそが本当に必要なフィクサーの要素だと思う。
フィクサーというあやしい存在のノウハウを通して、何かの気付きに繋がればこれに勝る喜びはない。