天才の嫉妬を垣間見る~「手塚治虫―ロマン大宇宙」大下英治

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浦沢直樹がEテレでやっている「漫勉」という番組がある。

 

さいとうたかお、東村アキコ、浅野いにおなど現役の漫画家が実際に漫画を描いているところをカメラで撮影して解説する、という番組だ。

 

その番組の中で、漫画家になったきっかけや誰に影響を受けたのかを浦沢さんと漫画家が話し合うところが必ずあり、そこで「目の描き方は○○さんの方法で」とか「人物の演技の仕方は○○さんを見て発見して」など、色々な人が登場するのだが、その名前を聞いていて思うのが、手塚治虫というのは漫画家の家系図があるなら、その源流に位置しているんだなということである。

 

直接的な影響を与えてなくても、手塚チルドレンと呼べる存在がいま第一線にいる人たちに影響を与えているのだ。

 

よく「○○の神様」という表現が使われるが、手塚治虫ほどそれを体現している人はいないと思う。まさに漫画の神様である。

 

60歳までに15万枚の漫画を描いた手塚治虫

 

手塚治虫の作品集を見ると、有名作以外に驚くほど多作であったことに気付く。まだ読んでない作品が沢山あるのだ。手塚は60歳で亡くなっているが、生涯に15万枚の漫画を描いたという。

 

スタンリーキューブリックが「2001年宇宙の旅」を作る時に、手塚治虫に対して「君の描く未来は僕のイメージにぴったりだ。ぜひ新作の映画を一緒にやって欲しい」と声をかけ、本人は乗り気だったが結局、「連載があるから」という理由で断ったのは有名な話だ。

 

それぐらい世界の最先端だった手塚治虫だが、実際にはどんな人物だったのだろうか。作品ではなく、人間としての実像に迫ったのが「手塚治虫―ロマン大宇宙」である。

 

書いたのは政治家や企業物のノンフィクションで有名な大下英治さん。マンガ好きによる手塚批評とは違ったものが読めるだろうと期待していたが、まさにその通りだった。

 

この本の中で描かれている手塚は、他の漫画家に嫉妬して、家族に優しく接する、とても天才とは思えないほど人間臭い存在がそこにはいた。

 

一時期、「あしたのジョー」などの劇画タッチが全盛の時代、手塚マンガは終わったと言われた時期があった。そんな時には「僕の書く、丸いキャラクターは子どもに受けないのか!」と真剣に担当編集者に詰め寄り、涙を流して悔しがったという。

 

また時には、編集者にちょっと線について指摘されると「アキラのような線がいいのか!」と怒ることもあったという、とても大御所とは思えないエピソードも紹介されている。

 

またこんな話もある。夜中に手塚番の編集者たちが寝ている時に、一人の編集者が手塚が部屋から出て、応接室に来ていたのを発見した。そこで「先生」と声をかけようとしたところ、どうやら手塚が自分の連載中のマンガ雑誌を読んでいることに気づいた。さらに注意深く見ると、その雑誌の人気投票一位のマンガを徹夜明けの真っ赤な目で睨むように読んでいて、結局、声がかけられなかったという。

 

作品から勝手に温和なおじさんをイメージしていたが、全く知らなかった手塚像がそこには描かれていた。

 

さらに驚いたのが、その仕事の量である。

 

とにかく彼はちょっと自分の興味を引くと、すぐに連載を引き受けてしまう。その結果、殺人的なスケジュールになる。ある時などは2日間徹夜しながら書いているため、いつのまにかアトムにリボンの騎士が登場したりすることもあり、編集者が大慌てで「手塚先生!」と声をかけることも一度ならずあったという。

 

虫プロで働いていた人が見た手塚治虫

また、手塚治虫といえば、漫画と同様にアニメの会社を経営していたことでも知られている。

 

そんなアニメ会社時代の手塚治虫について、たまたま話を聞くことができたので、紹介したいと思う。

 

西武線沿線には、昔アニメの仕事をやっていた、という人が意外と多い。

 

僕は20代の頃に、そのエリアで営業をやっていたことがあったのだが、ある時、40代ぐらいの夫婦でやっているお店に行ったときに、夫婦が二人とも以前手塚治虫の「虫プロにいた」という話になったのだ。

 

興奮した僕は「それでどんな人でしたか?」と聞いてみた。すると意外なことに「困った人だった」という答えが返ってきた。

詳しく聞いてみると手塚治虫は「ふらりとスタジオにやってきて、途中まで書いたセル画などを見ると、持って行って自分で直してしまう。こちらはそんなことやっていたら放映に間に合わないので焦っているのに、手塚さんは譲らない。だからスタジオにくるとみんな『うわ~いま来ないでくれ~』と思っていた」という。

 

天才、神様と言われた手塚治虫だが、不遇な時代もあったのだ。そして、当たり前だが人間として悩み、苦しみながら名作を生み続けていたのだ。

手塚治虫に少しでも興味があったら、ぜひ読んでおきたい一冊だ。

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