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立川談志は天才落語家・桂枝雀をどう見ていたのか?

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立川談志という人が大好きである。

それが決定的になったのは、9.11の話題だった。

彼の『遺言大全集』という本があり、その付属のCDで談志が好き放題しゃべっている中に「9.11なんて、アメリカざまあみろだよ」という言葉があった。

どういう文脈にしろ、当時の風潮として言ってはいけない言葉なんだけど、確かにその通りで、犠牲になった人はかわいそうだけど、やっぱりあれはアメリカの自業自得の面はある。

世界の警察といって勝手に世界の紛争に出ていく、アメリカが悪い、そういう視点で見ることもできる。だが、この事件のニュースの中でそういう視点が一切出てこなかっただけに、談志の一言で目が覚めたような気がした。

ということで談志の本はたいてい読んでいるのだけど、先日新たに読了したのが2012年に発行された『談志名跡問答』である。

談志最後の理解者福田和也と名人を語る

こちらは福田和也さんとの対談形式で、名人たちについて語った本。

志ん生、円生、小さん、文楽、志ん朝あたりについては談志はさんざん語っているので、いまさら驚きは無かったけど、一個発見があったのは、枝雀のこと。

これまで枝雀が死んだ後に米朝さんが談志に対して「枝雀はおまえに会いたがってたよ」という事を言った、枝雀は俺なら分かり合えると思ってたんだろう。

というコメントぐらいだったが、本書ではけっこうはっきりと、枝雀の評価について話していた。

枝雀という人は、関西の落語会では天才と呼ばれた人で独特の擬音を駆使したハイテンションな落語を作り上げた人だが、最後はうつ病で自殺している。

「笑いは緊張と緩和」という名言は、談志の「落語は人間の業の肯定」という言葉とともに、お笑いの歴史に残る一言だろう。

さて、そんな関西の天才に対して、談志はどんな評価をしたのか。

それは「なんであんな落語になっちゃったのかな」ということだった。つまり、まぁ評価してなかったと。

もともとは米朝師匠の流れを汲む、上手い落語をやっていたのに、どこかでああいう方向に振り切ってしまった。その原因として、途中でうつ病で1年ぐらい休業した時に、「俺は明るくならなくちゃいけない」と周囲に言っていたらしいが、その辺りに起因するのかもしれない。つまり、思いつめた結果、振り切ったと。

そして、あそこまで行ってしまった以上、「もしも死ぬ前に俺と会っても、たぶん死んでいただろう」という。

枝雀には枝雀の凄さがある。ただ、それは少なくとも立川談志の考える落語の凄さ、上手さ、面白さという中ではどれでも無かったということなのだろう。

前から枝雀という人をどう評価すべきか迷っていたので、東京の落語の文脈でいえば、やはりそうだよなぁと妙に納得してしまった。

youtubeに二人の対談があったのでこちらのリンクも貼っておきます。