でも、僕はこれを見ると「ぐにに!」となってしまう。
それはなぜか?まつ毛が僕より長いからである。
なんだそんなことか、と思うかもしれないが、僕にとってはこれによって人生が変わったと思っている。
ひげのある人生。
ひげの無い人生。
どちらが幸せだったのだろう。
HipHopが大好きだった高校時代
10代の後半、日本のヒップホップが大好きだった。
ラップをやろうとは思わなかったけど、ヒップホップ専門誌の「Blast」(現在は休刊)を毎号読んで、新譜は常にチェックしていた。
そんな僕だが、服装は普通だった。なぜならヒゲが無いから。
やっぱりB-BOYと言えばヒゲである。もみあげと繋がるほどのヒゲ。それが欲しかった。
でも、僕はずっと毛が薄かった。
中学校の時に夏場に隣の席の女子よりも腕毛が少なくて、驚いたことがある。それぐらい薄かった(異常なほどではないけど)。
当時通っていた池袋の美容室で相談すると「いま23ですか?そろそろ生えますよ」と言われた。
そのあともずっと「もうすぐですよ」と言われ続けていた。
だから僕はその言葉を信じて「ヒゲが生えたらB-Boyの恰好するぞ」と思いながら、シャツとかを来てクラブのイベントに行っていた。
盛り上がって最前線に行くこともある。でも、ずっと引け目を感じていた。ヒゲが無いから。
それから月日は流れた。僕は結婚をして池袋から世田谷区に引っ越した。28歳の時だ。
新しい街の新しい美容室のドアを僕は開けた。
少し緊張しながら「毛が薄いんですよね。そろそろヒゲ生えますかね?」といつものように聞いてみた。
すると、その人は「28ですよね、もう生えないですよ」とあっさりと言った。 「ああ、そうっすか」と言いながら僕は落ち込んでいた。
気付けばもう28歳。もう結婚して新しい街での生活が始まっていた。
B-BOYになりたい、という気持ちはだいぶ減ってはいたがゼロではなかった。
まだ心のどこかで「そろそろかな」と待っていたのだ。
「あれさえあれば」と思っていた、ヒゲ。
それが手に入らずに、僕にはいまスーツを着て、キーボードを叩く仕事についている。
ヒゲがあればきっと今頃、「ワッツアップ」と言いながら、黒人と握手をして、ニューヨークの空を眺めていたはずだ。
息子を見る。まつげが僕よりも長い。どうやら薄毛の遺伝子は行ってないらしい。うらやましい。
リビングで寝てしまった息子を抱き抱えながら、僕はそんなことを考えていた。