これは2005年1月26日に発売された、MSCの漢の1stアルバム『導 〜みちしるべ〜』のリリースパーティーに行った時のレポート記事である。
2005年に公開していたものを、2018年にリライトしている。
いま読み返すと評価が違うところもあるが、あの時点での感想として、読んでもらえればと思う。
そして、このリリースパーティーにいた、デブラージもマキザマジックももうこの世にいない。そう考えると復刻する価値があるレポートだと思う。内容的にう~ん、なところもあるがご容赦いただけると幸いである。
歌舞伎町の中心地で開かれたライブ
新宿歌舞伎町。その中心であるコマ劇場のそばに「新宿ロフト」はある。時間は深夜12時。終電を急ぐ人。朝まで遊ぶ人。その境界線が分かれる時間帯である。
新宿ロフトの道路を隔てた反対側には、すでに “いかにも” なB-BOY達が列を作っていた。ヒップホップのイベントでいつも見かける光景だ。今日のイベントはMSCの中心的存在であり、東京ヒップホップシーンの台風の目でもあるKANの初アルバムのリリースパーティーである。
行列にいるのは当日券を求める人々だけ。人数は30人ほどだろうか、まあまあの人数である。
日本のヒップホップシーンの世界では名の知れた存在となった漢も一般的にはまだまだ無名。これから伸びていくであろう彼の1stアルバムのライブレポートは、それなりに価値があると思う。
また、同じ昭和53年生まれであり、親の店が新宿にあったこともあり、幡ヶ谷に住み、幼い頃から新宿で遊んでいた人間として、彼の現在地と伸びしろは気になるところだ。
そんなこともあって、今回はできるだけ細かく伝えていこうと思う。
待つこと2時間30分
「足が痛いなぁ…」
思わずそうつぶやいた。携帯で時間を確認する。深夜2時30分だった。
まだ漢は出てこない。かれこれ2時間30分は待たされている。
その間にブッダブランドのCQ、デブラージという大御所がDJプレイを行う。特にデブラージは相当に格好良いソウルやファンクをかける。そのままCDにしたら迷わず購入するだろう。それぐらい素晴らしい。
でも、さすがに待ち時間が長い。周りを見渡す。ライブハウスは薄暗い。客は300人くらいはいるだろうか。ほぼ満員ですぐ隣りにも人がいる状態だ。特徴としては男が多い。それは彼のスタイルからすれば仕方のないことだろう。
やがてステージでDJをする男の元に、一人の男が近づき耳打ちをする。DJはうなずきレコードを止める。ちょっと会場の空気が止まる。客席からは「漢出てこい!」という声が聞こえる。
ステージには巨大な画用紙のような物が貼られ、先ほどから漢のDVDが流されていた。その画面が暗くなり、新たにプロジェクターから投射された映像が流れ始める。
意表を突く登場
映像が今日の出演者を次々と映していく。やがて場面はあるマンションの一室を映し出した。そこで漢を始めとする数名が何やらドタバタと演技をしている。それが落ち着くとタバコのような物を吸い出す。明らかに大麻を吸っている感じだ。
直接その単語を口にはしてないが、1本のタバコを回して吸うほど彼らも貧乏ではないだろう。やがて一人の携帯電話が鳴り「はいよ、新宿2丁目ね」と言うと、電話を切り「行くぞ」と周りの連中に声をかける。
室内にいた漢たちは立ち上がり車に乗り新宿の街を走る。漢は車内でフリースタイルらしき、ラップをくちずさむ。
到着したのは、見覚えがある景色だった。そう、我々が12時の時点で下りてきた新宿ロフトの階段である。ここで音声が途切れる。再び会場から「漢出てこい」の声が聞こえる。
するとトラックに合わせて若い3人のラッパーが登場し、ラップを披露する。だが、しょせん前座。客の目的は漢だけである。一部の盛り上がる人を横目に大半の人はじっとステージを見つめる。ステージのスクリーンには、楽屋の様子がリアルタイム風に映っている。
続いて漢のアルバムの曲が流れる。いよいよである。だが、アルバムの中ではラップが始まるタイミングになっても、まだ漢は現れない。さすがに苛立った観客の空気が沸点を超えようとした瞬間、目の前の紙のスクリーンを破り、漢が登場した。
観客が一斉にステージ前に押し寄せてくる。すごい人だかりだ。前列の方にいた僕はもみくちゃになった。一方で僕は覚めていた。漢に近づこうとする観客と僕の間に温度差があるのだ。僕は決して漢のファンではない。歴史的な瞬間に立ち会うために来たのだ。目的が違う。さり気なく後ろに後退し、その渦からなんとか逃れた。
デブラージの登場
登場と同時に一曲披露した漢は、ここでMCに入る。
「どうやら流行のインフルエンザとかいうやつにかかったようだ。俺が今日、最初にしたこと。一個上の先輩に電話してカイロプラクティックで喉の声帯を開けてもらったから大丈夫だ」
そのセリフに盛り上がる観客。続いて曲の説明に入る。
「俺はさ、この業界に入ってずっと突っ張ってきた。イキがってきたよ。だって、そうだろ、そうしなきゃ、俺達は上に上がれないからな。でも、昔からヒップホップをやっている人にもすげぇ人がいる。いくぞ、おまえら。いきなり行くぜ。アルバムの3曲目と言えば分かるだろ」
伝説のグループ「ブッダブランド」のデブラージがフーチャリングで参加した、今回のアルバムで一番かっこいい曲、『毒立毒歩』のイントロがかかる。そして、先ほどDJをしていたデブラージはすでにステージに上がっている。
デブラージを生で見るのは初めてだ。高校時代からの憧れの人物である。うわぁ、緊張するぜ、と思ったら、いきなりデブラージのフックを漢がラップし出す。ついでにステージにいる有象無象の連中(MSCのメンバーだと思われる人々15人くらい)も一緒にラップする。
おいおい、肝心のデブラージの声が聞こえないよ・・・いや、聞こえる。小さく聞こえる。すでにデブラージのフックは終わって漢のラップが始まっている。
再びフックだ、デブラージの出番である。あれ? ぼーっとしてるのか、全然準備できてないぞ、と思ったら漢がフックの部分のラップを初めてから、デブラージは慌ててマイクを口に持っていく。
最後のフックでも、デブラージは自分の番だと気付かずに後からラップしていた。なんだろう、あんなにDJとして一級品の腕を見せていたのに。デブラージは曲の最後に漢を指さして大きな声で「カ~ン!!」と叫んでいたが虚しかった。
圧倒的なキャリアの差、実力の差を見せつけると思いきや残念なラップ。私はここでヒップホップ界の新旧交代を見た気がした。
(いま思うと、ラップはもうできる状態じゃなかったのかもしれない)
ダボとのビーフの真相
さらに数曲を披露した漢がMCに入る。
「この話は知ってる人も多いと思う。え~まぁ俺から仕掛けたんだよね」といきなり話が始まった。
間違いない。漢とニトロのダボのディスり合いの件だろう。
ヒップホップ界の若手のホープであり、BOAやケミストリーとも競演しているダボと飛ぶ鳥を落とす勢いでのし上がった漢のバトルは、ヒップホップ界でも話題となっていた。
「まぁ俺は奴(ダボ)とは会ったことも無かった。ただ奴がインタビューで免許持ってないって言ってるのに、オートマ車でブンブン(『恋はオートマ』というダボの曲を指している)とか言っているのが気に入らなかった。ようするに奴はリアルじゃない。俺は国語が苦手だったけど、必死に辞書を引いてリアルな言葉で書いてる。だが、奴はリアルじゃない。まぁさ、そういうおかしなことをやってる奴を指摘する人が1人ぐらいいてもいいじゃん」
そんなことを語った。参考までに1リスナーとして把握している一通りの経緯を書いておこう。
最初に漢が『幻影』という曲で「特につまらんギャグラップに拍手喝采」(『拍手喝采』はダボの曲名)とディスをする。それに対し、ダボが『WANNABEES CUP 2002』で「頭上に気配りな 遮断機に注意 カンカーン」とアンサーを返す。
また、その後も漢が『FREEKY 風紀委員』で「免許もねぇのにハンドル握ったオートマ車は廃車」とダボをディス。さらにダボがキエるマキュウの『BIG SHIT feat. DABO』で「呪いのバース 攻撃のゴング カーン! お前のバース Ha お笑い草 近所のイランも売らんクサイ草」とアンサーを返す。さらに『おそうしき feat. 般若、DABO』で、「そのザマにカンカンカンだバカラッパー」「お前のボンクラクルーがわななく 棺が運ばれてくぜまもなく」と漢をディス。
ついに昨年は、ダボがライブで『おそうしき』を披露している時に漢が乱入し、ダボと漢によるマイクバトルまで行われた。その時はフリースタイルの漢に対し、持ち歌を披露したダボという図式で勝敗ははっきりとつかなかった。
その動機が個人的ないざこざでなく、あくまで「リアルじゃないことが許せなかった」という理由で行われたことは純粋に驚きだった。
その上で「俺は般若(妄想族)とも仲が良いよ。会えば話すし。同じ第2学区だし(かつての都立高校の地域ごとに分けられた学区制度、新宿区、渋谷区、世田谷区などが第2学区、ちなみに僕も第2学区)」
「それで、こないだ京都で般若がライブした時に俺は大阪にいたから一緒に飲んだんだよ。その帰りに般若が振り向いて言ったんだよ。『ダボから電話きた?』って。俺は『来たかもしれないけど出てない』と答えた。で俺もさすがに『向こう(ダボ)からかけて来たなら』と般若にダボの携帯番号を聞いてかけたよ。2回。1回かけて出ないからしつこく鳴らしたよ」
「そしたら、後で向こうから電話がかかってきた。『誰?』って。こっちが『漢だよ』って言うと、もう一回『誰?』って言って、『漢だよ』って言ったら、ちょっと黙って『MSCの漢か?』って急に声を変えて言った」
そこで二人は色々な話しをしたそうだ。とにかく要約すると、ダボは「俺はおまえが嫌いな訳じゃない、むしろ、お前のラップが好きだ」ということだった。だが、残念なことに漢は、ソロアルバムでダボをディスする曲を作ったばかり。『Take candy from a baby』という曲だ。「聞いたか?」と漢が尋ねると、ダボは「いまニトロの事務所にいる。目の前にCDがあるけど聞いてない」と言った。「聞いてみてくれ」と漢は言ったそうだ。そして最終的にはこうなった。
「分かった。お互い次に会った時は握手だな。そして機会があったら共演しよう」
『Take candy from a baby』のトラックが流れ出す。
「だから、この曲はもう二度とライブでやらない。行くぞ」
結局、20分ほどの長いトークを経て、曲が始まった。客はまた盛り上がっていた。
ゲストの寸評
その後、Maki the Magicやイルシットツボイ、RUMIなども登場した。ここではそれぞれの感想のみ書いていく。
Maki the Magic
キエるマキュウのMC。この日は坊主頭にサングラス。あごひげが生えた亀仙人のような雰囲気。ステージ脇でDJの様子を覗いていた時とは違い、すごいテンションで登場。さらにラップを披露。自身が作ったトラックも最高にかっこいいうえにラップ時のアクションも良し。「俺が作った一番カッコイイ曲を漢に渡している」との言葉に彼への評価の高さが伺える(この時やった『紫煙』は今聞いても最高にかっこいい)。
イルシットツボイ
ECDとコンビを組んでいる、日本最高のアクションDJ。この日もめちゃめちゃかっこいい曲をかけたと思ったら、いきなり曲を変えるなど変幻自在のDJぶりを披露。途中まで漢もラップしていたが諦めて鑑賞。ついにはレコードをハズして縦に持ち替え、レコード針に直接当てて音を出す。しまいにはレコードで自分の頭を叩いて「カッカッ」と変な音を鳴らしていた。私は初めて見たので衝撃的だった。「これがヒップホップだ」という漢のセリフに納得。自由という意味でこれほど自由なDJはいないだろう。
RUMI
昭和53年生まれの女性ラッパー。もともとは般若は、RUMIと般若のグループで、RUMIが脱退して般若が名前を引き継いだ。彼女はECDのお気に入りのラッパーでもある。僕は見たのは初めてだけど体は小さいのに声がすごい高いし、大きい。耳に残るという意味ではこの日、最も耳に残ったのは彼女だった。
終盤に漢が放った決意の一言
そうしたゲストの活躍もあって、ライブはさらにヒートアップした。でも、私は乗り切れなかった。その理由はいくつかあるが、フローが単調というのが大きかったかもしれない。多彩なトラックに対して、まだ本人のラップの引き出しが少ないな、という印象を受けた。
一方で、デブラージ、CQ、マキザマジック、ツボイさんとレジェンド級のメンバーが集まったのは、いかに彼の業界内での評価が高いかを物語っていた。
やはりこの世代の中での彼の存在感は飛びぬけている。そして、将来のシーンにおいて、彼の果たす役割は計り知れない。きっと重要人物になるだろう。ユーモアのセンスが独特で面白いし。
「日本のヒップホップシーンは俺が保つ!」
仲間内で密度の濃い音楽を生み出していた日本のヒップホップシーンだが、いつしか雪崩が起きたように一気に崩れ去り、団体戦から新しい個人プレーの時代に突入した。
その中で登場した漢という存在には期待せざるを得ない。本当にこれからが楽しみなラッパーだ。